自分の心に正直でいたい。

学会2世⇒法華講⇒日蓮界隈を卒業して、普通の日本人になりました。

法華講は自己責任ですから。

法華講は面倒見が悪いと批判されると、

 

法華講は自己責任ですから。」(ついて来れないのは、その人が悪い)

 

って、言うネット法華講員が居る。

 

だったら、【講】なんか要らないだろう?

自己責任だったら、

一人で家で題目唱えて、それで完結。

教団に都合がよい偽書ばかりの御書も、読むだけ無駄だろう?

 

 

私が必死に本物の日蓮を求めて御講に通っていた頃は、異常気象で、嵐の日が多かった。

「なんでいつも御講の日が嵐なんだろう?」

と思いながら、仏道修行だと思ってお寺に通った。

家を学会員に見張られたり、お寺の出入りを学会員に撮影されたり。

住職さんの講話で創価学会の悪口を聞かされて、

婦人部の幹部に、創価学会の婦人部だって、こんなイジメはしなかったぞというえげつないイジメをされて、それでもお寺に通っていたけど、

「御講参詣ご苦労様でした。」

なんていうことは、一度も言われたことは無いけど、

 

物凄い暴風雨で、ドアを開けたら吸い出されそうな日に、

 

「今日、外に出たら、バス停に着く前に、下手すると死ぬなあ?

でも私が死んでも、お寺の人は、何とも思わないよな?」

 

と思って、初めて御講を休んだら、

 

「ど・お・し・て、今日、御講に来なかったんですか?」👹👹👹💢💢💢

と電話がかかって来て、私の心が折れました。😨

 

御講に行かなかったことを責める電話はかけて来るのに、

御講に行っても、励ましも、労いも無いのが法華講の【自己責任】。

 

自己責任ていうのは「法華講には育成能力はありません。」ということ。

 

今でも、創価学会に疲れて法華講に移籍する人や、

学会葬が嫌だから法華講に移籍する人が居るんだろうな?

 

時間とお金の無駄としか思えないけど、

家族を振り回すのはやめた方がいいよ。

 

法華講の売りは「創価学会員が拝めない大御本尊を拝めます。」だけど、

大御本尊が偽物。

日蓮が慕っていたのは釈迦仏。

宗祖、開祖、三祖の墓は大石寺に無し。

熱原の三烈士も、四条金吾も、日蓮正宗とは関係無し。

日蓮ゆかりの地を訪ねれば、全部謗法の寺。

 

もう、いい加減、気がついてもいい頃だよ、創価学会出身の法華講員さん。