自分の心に正直でいたい。

学会2世⇒法華講⇒日蓮界隈を卒業して、普通の日本人になりました。

本物を求めて行ったのに、偽物だったからです。

「何故、創価学会顕正会の退会者が日蓮正宗に加入しても定着せず、離檀や非活動となってしまうのか?」👈ポン助さんの問いかけ、

私の場合、

創価学会の素人のおっちゃんのなんちゃって御書講義じゃない、本物の法歴何十年の僧侶の御書講義を期待していましたが、カンペ読むだけのつまらない講義にがっかりしました。

カルト疲れ、ノルマ疲れして、宗門・法華講に行きましたが法華講伝統仏教らしさはありませんでした。

お寺の壁にも、機関紙にも【誓願と言い換えたノルマ】ばっかり。(誰が誓願したんだ?)

住職も地区長も、私のいろいろな質問に対して答がありませんでした。

先輩講員は気位ばかり高くて中味が無い落ちぶれ貴族のようでした。(もしくは壊れたテープレコーダー。テキスト丸暗記で、少し質問の仕方を変えると壊れて火を噴く。)

戒壇板本尊が偽物でした。←これは許しがたい!👹👹👹

日如法主の字が汚い。←これも許しがたい!👹👹👹

創価学会員時代に、「本尊とは自分の心を映す鏡」だと教わりました。

日如法主の本尊は、中学生がくれたけの硬筆筆ペンで文句を言いながら書いたような字だから、拝んでいると、

「何でこんなものに手を合わせているのか?」

と情けなくなり、目が覚めます。(あの汚い字を拝んでいると、影響されて自分の字が汚くなってくる。)😫😭😭

それで、皆さん洗脳されないうちに宗門を去ります。(身延で売っているお土産本尊の方が、日如法主の本尊よりは、有り難みがあります。)😊

🍥🍥🍥🍥🍥🍥

その点、日達上人の本尊は整っていて見ていても心がもやもやしないので、唱題するのが苦にならない、罪作りな本尊です。日顕上人の本尊は、神経質でいらいらしているような本尊であまり長い時間見ていたくないです。

というわけで、日如法主の本尊が信者の目を覚まさせることに優れた本尊です。

日蓮正宗も、日蓮直筆本尊を形木にした方が、信者に

「○○上人の本尊の人がうらやましいな。」

とか、思わせないで済みます。😔

もっとも、次の法主は字がきれいかも知れないので、代替わりするのを待っている人がいるかも知れません。

「本尊とは勝れている方を用いる」

べきだとか?どこかで聞いた気がします。😄😄😄