自分の心に正直でいたい。

学会2世⇒法華講⇒日蓮界隈を卒業して、普通の日本人になりました。

県知事だって孫育て休暇を取るご時世。

宮城県の村井知事が、お孫さんの誕生を機に孫育て休暇を取るらしい。偉い人が率先して休暇をとれば、下の者も取りやすくなるだろう。

創価学会では、子供を持ちたい不妊症の方に、

聖教新聞配達をすれば妊娠する」

とか、何の根拠もなく言い、新聞配達をやらせ、小さな子供が居る主婦にも聖教新聞配達をさせてきた。幼児だけで留守番をさせて、速報性の無い宗教機関紙を朝に配達をさせてきたのは、組織的な児童虐待である。

出産しても恩着せがましく【産休】をくれても、またすぐに元の活動に戻らせた。子供が病気をしたり、障害があったりして、通常では無い子育てをしているワンオペの母親にも、

「子供が魔になっている。」

「魔(子供)を魔と見破って(活動に参加しろ)。」

「子供の病気(障害)は信心で治せ。」

と、活動にせき立ててきた。

自分の娘が子育てで苦労していて、手助けをしようとする爺婆には、

「孫が魔になっている。」

「魔(孫)を魔と見破って(活動に参加しろ)」

と、孫への情を断ち切らせて活動に参加させてきた。

子育てが一番つらい産後や、幼児期に爺婆の助けを借りる事で防げる事故や事件がある。また孫が爺婆に天使のような愛らしさを見せてくれるのも、ごく短い間だ。「3歳までに子供は親に産んでもらった恩を返している。」というのは、そういうことだろう。

その宝物のような時間、取り返しのつかない時間を【魔】の一言で奪い去り、くだらない組織活動に従事させてきた教団は、今の日本の少子化や国力の衰退の責任を感じるべきだ。

とは言っても、もうほとんど創価学会には子育て世代等の若い人はいない。学会活動優先で子育てを蔑ろにしてきた老人達が、子供や孫達との埋められない距離を嘆いている。

教団が搾取したのはお金だけじゃない。搾取の口実にしてきた【広宣流布】の定義すら怪しい。

爪の上に砂をのせるほどわずかな人間としての人生を、教団に捧げて、あなたも子供も虚しさしか残っていない。

「池田先生が出席して下さるかも知れない会合だから、たとえ親が死んでも全員出席だ!」

等という(池田氏が来る予定も無いのに、結集させられた。)ばかなことが横行していたけど、これが

「池田先生が出席するかも知れない会合だけど、子供(家族)の大切な用事があるなら、子供(家族)の用事を優先しなさい。」

というような人間らしさのある教団であれば、これほど激しく衰退することは無かったと思う。末端会員を牛馬の如く走らせた

「池田先生が出席される!」

という呪文が使えなくなって久しい。

令和になっても【選挙】の二字で全てのスケジュールがひっくり返る創価学会には後継者の育成などできない。今の子供達は愚かではない。どんな美辞麗句も、もう子供達を騙せない。