自分の心に正直でいたい。

学会2世⇒法華講⇒日蓮界隈を卒業して、普通の日本人になりました。

御本尊を粗末にする教団。

子供の時に、「何かの災害の時には自分を犠牲にしても、御本尊を守り切れ!」

と親に教わった。日蓮正宗創価学会時代の事だ。(お守り御本尊というのは強信の証で、幹部宅に行くと仏壇の真ん中にうやうやしく専用の台に乗せてあった。)聖教新聞の写真等で、池田氏や幹部の胸ポケットに銀の鎖が見えると、御守り御本尊が入っているんだなと思った。😄

「きっと池田先生は、片時も御本尊に恥じることはしないのだろう」

と子供心に思ったもので、後に会合で池田氏と唱題した時に「なんにょうほうねんねぎょう」という不気味な題目に唖然とした。😰

「御本尊とは自分を磨く鏡である」

「御本尊に自分の命が映る」

等と言われていたが、日蓮正宗と戦争状態になり、破門前に御本尊下付が停止された時に、新入会員に数年間、御本尊無しで勤行をさせていた。幹部は

「御本尊が無ければ壁を見て勤行しろ」

とか、

「箪笥を見て勤行しろ」

とか、言っていた。

狭い部屋で壁に向かって勤行していた会員の気持ちはどんなだったろう?😞

御本尊無しでは、新入会員が増えないと思ったのか?末寺から買い取った日寛本尊をコピーして会員に頒布した本尊は、表装ごと1枚刷りの、どこぞの包み紙のような本尊だった。しかも既に御本尊を安置していた会員にも交換を強行した。

交換は《創価学会に付いていくという踏み絵》だった。しかも日蓮正宗の本尊よりも2割程大きくしてあり、それまでの仏壇に掛けると下が垂れてしまうので、仏壇を買い直した人も多かった。👛👛💳

創価学会専門の仏壇屋は外郭企業で、宗門とのいざこざで新規の入会がいないと売り上げがゼロになる。仏壇など、普通は一生に一度買えば充分だが、【買い替え】をさせて利益を上げていた。

時代は戻るが、正本堂が出来た頃は、正本堂そっくりの内陣が電動式の仏壇に買い替えるのが流行った。破門前に特別御形木本尊に交換した時も「御本尊に相応しい仏壇を」と買い替えを強要された。地区のあちこちの安アパートや、長屋に100万円超えの仏壇が安置されて、外郭仏壇屋はバブルだった。(もちろん学会本体の売り上げに貢献したはずだ。)

「1枚刷り本尊はみすぼらしい」

という会員の声に、キンキラ特装本尊を出した。

最初の1枚刷りは3000円だったが、特装は1万円だと聞いた。

最初は《学会活動に貢献した幹部》の家の本尊が特装に交換した。地区婦の家で初めて見たのだが、特装本尊よりも、新品の仏壇に目が行った。

「御本尊に相応しい仏壇にしたのよ!」

と、地区婦は自慢していた。

私はその後《財務の使い道を知りたい》発言で活動禁止になり、他のお宅の特装本尊は見なかったが、退会する頃にテレビで倒壊寸前のぼろい団地の1室に特装本尊があるのを見て驚いた。信心すると

「逃げても逃げても、功徳と福運が追いかけてくる。」

とか、創価学会は言っていたのに、部屋の主は「壁の穴から風が吹きこんでくる」と歎いていた。😭😭😭

末端組織では、新入会が無くなり、分世帯、お守り、交換でノルマを誤魔化していた。私のいた組織でも分世帯で稼いでいたが、子供は家を出る時に御本尊を持っていかないので、親か地区婦の所に御本尊がたまるだけ。

 

日蓮正宗は御本尊を大切にしているのか?というと、私が勘戒を受けた時も【一見さん】だったのに即日御本尊を渡された(入仏式も無し)。他の人も書いているように、外国人や簡易宿泊所住まいの日雇いとか、生保、ホームレスに近い人も御授戒して数を稼いでいる。だから10年掛かりで信徒倍増したって、御講は増えないし、年寄りばかりだから自然減。

大石寺の墓地や納骨壇に空きが出るのが証拠かな。

ヤフオクとかで、創価学会の本尊も、日蓮正宗の本尊も、売りに出てる。以前板本尊も出ていた。

売った人を責めるよりは、持ち主を導けなかった事を教団が恥じるべきだ。

 

とある宗派のとある本尊に特別な力が宿り、それ以外のあらゆる宗教は堕地獄だと釈迦や日蓮が言ったのか?仏教はそもそも、執着や縛りから解放されるものだ。

日蓮正宗創価学会も、信者は柵の中から出られない。